「ながら」をやめると、人生の濃度があがる

【自己投資】

通勤しながらYoutube、食事しながら動画、歩きながらスマホ、家事しながらSNS──気づけば、私たちの日常はほとんどすべてが「ながら」で埋め尽くされている気がします。

何かを「ただする」時間が、いつのまにか消えていく。それは効率的に時間を使っているようでいて、本当のところはどうなのでしょうか。

「ながら」は本当に効率的なのか

まず前提として、人間の脳はマルチタスクができないことが、近年の研究で繰り返し示されています。

スタンフォード大学のクリフォード・ナス教授らが262名の学生を対象に行った研究では、日常的にマルチタスクをしている人ほど、注意の切り替え、情報のフィルタリング、記憶課題のいずれにおいてもパフォーマンスが低いという、研究者自身も驚く結果が出ています(Ophir, Nass & Wagner, 2009)。

さらに、ワシントン大学のソフィー・ルロワ教授は、人がタスクAからタスクBに切り替えるとき、注意の一部がタスクAに残り続けることを「注意残滓(Attention Residue)」と名づけました。本人は次の作業に移ったつもりでも、脳はまだ前の作業を引きずっている。この残滓のせいで、切り替えた直後の作業の質は確実に落ちます。

ある調査では、マルチタスクに本当に向いている人は全体の2%程度に過ぎず、残り98%は「ながら」によってむしろ生産性を落としているとされています。条件によっては、生産性が最大40%も失われるという報告もあります。

「ながら」が脳に起きていること
私たちのイメージ
脳の実態
同時に処理している
高速で切り替えているだけ
時間を節約している
切り替えコストで逆に時間を失う
頭が冴えている
ストレスホルモン(コルチゾール)が分泌
どちらの作業もこなせている
どちらの作業も精度が落ちている

「ながら」をやめると得られる、5つの変化

1. 集中力が戻ってくる

『大事なことに集中する(原題:Deep Work)』(カル・ニューポート著、ダイヤモンド社、2016年)では、現代の知的労働者の仕事時間の約6割が「シャロー・ワーク(浅い仕事)」に奪われていると指摘されています。メール返信、通知の確認、細切れの雑務──これらは集中力を細かく断ち切り、本当に価値のある思考に使えるはずだった時間を蝕んでいきます。

「ながら」をやめるというのは、つまり、自分の集中力をこれ以上切り売りしないと決めることでもあります。

2. 経験の解像度が上がる(=いまここに居られる)

食事を、ただ食べる。お茶を、ただ飲む。歩くときに、ただ歩く。

最初はものすごく退屈に感じるかもしれません。けれど数週間続けてみると、不思議なことが起こります。お味噌汁の出汁の香りや、季節が変わる空気の匂い、歩くときの足の裏の感覚──いつもそこにあったはずなのに気づいていなかった情報が、急に立ち上がってくるのです。

これは仏教の言葉で言う「いまここ(here and now)」、いわゆるマインドフルネスの話とほぼ重なります。ハーバード大学のキリングスワース博士らが2,250人を対象に行った大規模調査では、人は起きている時間の約47%を「目の前のこと以外」を考えながら過ごしており、心がさまよっているときほど、何をしていても幸福度が低いという結果が出ました(Killingsworth & Gilbert, 2010)。論文のタイトルは”A Wandering Mind Is an Unhappy Mind(さまよう心は、不幸な心)”。

つまり、何をしているかよりも、どこに心が在るかのほうが、幸福度を決めている。「ながら」をやめることは、自分を「いまここ」に連れ戻し、目の前の経験をちゃんと味わえる状態に戻すことでもあります。

同じ一日を生きていても、経験できる質量がまったく違ってきます。

3. 余白から、考えが生まれる

『スマホ脳』(アンデシュ・ハンセン著、新潮新書、2020年)で繰り返し述べられているのは、現代人の脳は刺激にさらされすぎているということです。手元にスマホがあるだけで、それが視界に入っていなくても、集中力と記憶力は低下するという研究も紹介されています。

情報を入れない時間が、私たちには思っているよりずっと必要です。シャワー中や散歩中に良いアイデアが浮かぶのは偶然ではなく、何も入れていないからこそ、自分の内側にあるものが浮かび上がってくる。「ながら」をやめることは、思考のための余白を取り戻すことでもあります。

4. 疲れ方が変わる

前述のとおり、マルチタスクは脳にストレスホルモンを分泌させます。一見ラクに見える「ながら」は、実は静かに脳を疲弊させ続けている。逆に一つのことだけに向き合う時間は、脳科学的には集中状態でもありますが、感覚としては「整っていく」ような疲れ方をします。一日の終わりの消耗感が、明らかに違ってきます。

5.「自分の声」が聞こえるようになる

これがいちばん大きな変化かもしれません。「ながら」をやめると、外から入ってくる声(SNS、ニュース、誰かの意見)が減り、自分が本当はどう感じているのか、何が好きで、何が嫌なのか、何を選びたいのか──そういう静かな声が、ようやく聞こえるようになります。人生設計には、この「自分の声を聞ける力」が、何より効いてくる気がしています。

今日からやめてみる、小さな「ながら」

いきなりすべての「ながら」をやめる必要はありません。一日のなかで、ここだけは単独で味わう、という時間を一つだけ決めてみる。そこから少しずつ広げていくのが続きます。

やめてみる候補リスト
シーン
やめてみること
朝の身支度
ラジオ・ニュースを消す
食事中
テレビ・スマホを離す
散歩・通勤
イヤホンをしない日をつくる
仕事中
スマホを見ない
家事
動画ではなく動作そのものに集中
就寝前
スマホの電源を切る

私自身、夜20時にはスマホの電源を切り、朝の散歩はイヤホンなしで歩いています。静まり返った朝の時間に音楽もYouTubeもなしで2時間歩くのは、なかなかしんどい。けれど不思議なことに、帰宅して数時間後、脳がびりびりと冴え渡るような状態になり、ものすごい高揚感と恍惚感に包まれます。自分の創造性が開花していくようなイメージです。アルファ波とか、デフォルト・モード・ネットワーク(脳がぼんやりしているときに働く、ひらめきや内省に関わる神経回路)とか、そういうものが間違いなく動いているのが分かります。

歩いている最中も、脳が勝手にタスクを処理し始めます。あれはこう進めようとか、こんなことを試してみようとか、自分の人生についてじっくり考える時間になる。実際、スタンフォード大学の研究では、座っているときよりも歩いているときのほうが、創造的なアイデアの量が平均で約60%増えるという結果も出ています(Oppezzo & Schwartz, 2014)。

「ながら」をやめるのは、しんどい。でも、それ以上に価値があります。

「ながら」をやめることは、人生の濃度を上げること

「ながら」をやめると、こなせるタスクの数が減ります。けれどそのぶん、一つひとつの経験の濃度が上がります。同じ一日でも、覚えていられる出来事の質量が変わってくる。

人生の総量は時間で決まるのではなく、「どれだけそこに居られたか」の積み重ねで決まるのではないかと、思います。

参考文献
・カル・ニューポート『大事なことに集中する──気が散るものだらけの世界で生産性を最大化する科学的方法』ダイヤモンド社、2016年
・アンデシュ・ハンセン『スマホ脳』新潮新書、2020年
・Ophir, E., Nass, C., & Wagner, A. D. (2009). Cognitive control in media multitaskers. PNAS, 106(37).
・Leroy, S. (2009). Why is it so hard to do my work? The challenge of attention residue when switching between work tasks. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 109(2).
・Killingsworth, M. A., & Gilbert, D. T. (2010). A wandering mind is an unhappy mind. Science, 330(6006).
・Oppezzo, M., & Schwartz, D. L. (2014). Give your ideas some legs: The positive effect of walking on creative thinking. Journal of Experimental Psychology: Learning, Memory, and Cognition, 40(4).

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