子供の頃、わたしはプレイステーションの「やるドラ」シリーズ第1作『ダブルキャスト』に夢中になりました。きっかけは、かわいい美少女キャラに惹かれて手に取ったというごく単純な理由。けれどジャンルはサスペンスホラーで、選択肢によって結末が変わるアドベンチャーゲームでした。
そのなかのバッドエンドが、当時の自分には怖すぎて、いまでもトラウマになっています。それでもストーリーは本当に素晴らしくて、ことあるごとに「『ダブルキャスト』は名作だったなぁ」と思い返してきた作品です。
最近、旦那とゲームの話をしていたら、『ダブルキャスト』をプレイしたくなりました。(本音は、旦那がプレイしているところを隣から眺めたい)けれど、ソフトもハードも手元にありません。そこでVTuberの方の実況プレイで観直すことにしました。バッドエンドはいまも一人で観直す勇気がないけれど、VTuberさんとリスナーさんと一緒なら、たぶん観られるはず──。
一人で抱え込んだ怖さを、誰かの反応越しに安全な距離から味わい直す。そしてグッドエンドも改めて噛みしめたい。バッドエンドがトラウマなだけに、グッドエンドはほんとうに心に沁みるのです。そうすることで「あのとき胸の奥にしまい込んだ感情」と、いまの自分が静かに再会できる感覚があります。
最近のわたしは、子どもの頃に好きだった作品──ゲーム、漫画、アニメ──にもう一度触れることにはまっています。これは単なる懐古趣味ではなく、心理学・脳科学的にもしっかりと意味のある営みだと知って驚きました。今日は「子どもの頃に好きだったものに大人になって再び触れること」が、わたしたちの心と脳にもたらす効果について、研究をもとにまとめてみます。
そもそも「なつかしさ」はどう研究されてきたか
「ノスタルジア(nostalgia)」という言葉は、もともと17世紀のスイス人医師が「故郷を離れた兵士が患う病」として記述したのが始まりで、長らく病理として扱われてきました。しかし2000年代以降、サウサンプトン大学のSedikides教授とWildschut教授らを中心とした研究グループによって、ノスタルジアはむしろ心の健康を支える「資源(resource)」であることが次々と実証されています(Wildschut, Sedikides, Arndt, & Routledge, 2006)。
日本でも、京都大学の楠見孝教授らによって「なつかしさ」の心理学的研究が進められており、2014年には日本心理学会監修の入門書『なつかしさの心理学』が刊行されました。さらに東北大学の脳医学者・瀧靖之教授は、16万人の脳画像データから「過去を振り返ること」が脳の健康維持に直結することを示し、「回想脳」という概念で広く知られています。
📚 参考書籍
・楠見孝 編『なつかしさの心理学:思い出と感情』誠信書房, 2014年
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・瀧靖之『回想脳:脳が健康でいられる大切な習慣』青春出版社, 2021年
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研究でわかっている5つの効果
1. 自己連続性(self-continuity)が強まる
もっとも繰り返し確認されているのが、「過去の自分と今の自分がつながっている」という感覚が高まる効果です。Sedikides & Wildschut(2018)の一連の研究では、ノスタルジアを喚起した参加者は「自分の人生は一貫している」「重要な部分は時間が経っても変わらない」という感覚が有意に高まることが示されています。
この感覚は、人生の転換期(転職、子育ての節目、更年期など)に特に重要です。社会学者のフレッド・デーヴィスは早くから、ノスタルジアはアイデンティティの非連続性に対する不安を和らげる装置であると指摘していました。「あのとき夢中になっていたわたし」と「いまのわたし」が同じ一本の線の上にいると確認できることは、変化の激しい40代にとって静かな支えになります。
2. 孤独感が和らぎ、社会的つながりの感覚が強まる
子どもの頃の作品には、必ずそれを一緒に楽しんだ家族や友人、当時の生活空間がセットで記憶されています。Wildschutら(2006)の研究では、ノスタルジア体験は社会的つながりの感覚を高め、孤独感を有意に低減することが繰り返し確認されています。
VTuberの実況プレイのように誰かの反応越しに体験する形式は、この「社会的なつながり」の効果をさらに強めます。
3. 人生の意味の感覚(meaning in life)が高まる
Routledge教授ら(2011)の研究は、ノスタルジアが「人生には意味がある」という実存的な感覚を高めることを示しました。これは、過去の重要な経験を思い出すことで「自分はこういうものを大切にしてきた人間だ」という価値観が再確認されるからだと考えられています。
子どもの頃に夢中になった作品は、たいていその後の自分の好みや価値観の原型になっています。サスペンスが好きだったわたしは、いまも複雑な人間心理を扱う物語に惹かれます。再訪はその確認作業になります。
4. 認知的再評価による「未処理の感情」の統合
当時は強烈すぎて消化しきれなかった作品を大人になって観直すと、新しい視点で意味づけし直すことができます。これは認知行動療法でいう「認知的再評価(cognitive reappraisal)」に近いプロセスです。
子供の頃は「怖い」としか感じられなかった物語を、今の自分が「あれは二重人格を扱った繊細な心理描写だった」と理解し直す。当時の自分が処理しきれなかった感情に、いまの自分が言葉と文脈を与え直すことができます。これは過去の強烈な体験を「自分の物語」のなかに位置づけ直す作業です。
5. 脳の活性化と未来志向の強化
瀧靖之教授『回想脳』によると、過去を思い出すときに使う脳の領域(前頭葉、側頭葉、後部帯状回)は、未来を想像するときに使う領域と大きく重なっていることがわかっています。つまり「過去を振り返ること」と「未来を計画すること」は、脳のなかでほぼ同じネットワークを使っているのです。
さらに、ノスタルジアは接近動機づけ(approach motivation)を高め、楽観性と未来志向を強めることも研究で示されています(Sedikides et al., 2018)。過去を振り返ることは、後ろ向きどころか、むしろ未来へ進む力を育てる行為なのです。
効果のまとめ表
| 効果 | 心理学的メカニズム | 主な研究者 |
|---|---|---|
| 自己連続性の強化 | 過去と現在の自己を結ぶ「一貫性」の感覚 | Sedikides & Wildschut |
| 孤独感の緩和 | 記憶に伴う他者・関係性の想起 | Wildschut et al. (2006) |
| 人生の意味の感覚 | 価値観の原点の再確認 | Routledge et al. (2011) |
| 認知的再評価による感情統合 | 未処理の体験への新しい意味づけ | CBT文脈/Gross |
| 脳の活性化・未来志向 | 回想と未来想像の脳領域共有 | 瀧靖之/Sedikides et al. (2018) |
「再発掘」を豊かにする3つのコツ
① 当時の自分を否定せず、観察者として再訪する
「あんなに怖がっていたなんて子供っぽい」と評価するのではなく、「当時の自分はこれをこう感じていたんだな」と観察するように振り返ります。当時の感情を尊重することで、認知的再評価が自然に進みます。
② 誰かの反応越しに体験する
VTuberの実況プレイ、書評ブログ、ファンの考察記事など、他者のフィルター越しに作品を再訪すると、孤独な体験だったものが社会的体験に変換されます。怖い作品やトラウマ作品は特にこの方法が有効です。
③ いまの自分の言葉で記録する
瀧教授は『回想脳』で「未来の自分のために日記をつける」ことを推奨しています。再訪したときに感じたこと、気づいたことを短くてもいいから書き残しておくと、過去・現在・未来の自分が一本の線でつながっていきます。ブログという形式は、まさにそれに適した装置です。
おわりに
「子どもの頃に好きだったものを大人になって掘り起こす」ことは、ただの懐古趣味ではありません。自己連続性を強め、孤独感を和らげ、人生の意味を再確認し、未処理の感情を統合し、未来へ進む力を育てる。研究はそう教えてくれます。
あなたが子供の頃に夢中だったものは、なんでしたか。もう一度そっと開いてみると、思いがけない贈り物が待っているかもしれません。
主な参考文献
・Wildschut, T., Sedikides, C., Arndt, J., & Routledge, C. (2006). Nostalgia: Content, triggers, functions. Journal of Personality and Social Psychology, 91(5).
・Routledge, C., Arndt, J., Wildschut, T., et al. (2011). The past makes the present meaningful. Journal of Personality and Social Psychology, 101(3).
・Sedikides, C., & Wildschut, T. (2018). Finding meaning in nostalgia. Review of General Psychology, 22(1).
・楠見孝 編 (2014). 『なつかしさの心理学:思い出と感情』誠信書房.
・瀧靖之 (2021). 『回想脳:脳が健康でいられる大切な習慣』青春出版社.

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