中学生のわたしは、父の書斎にあったシドニィ・シェルダンを手に取った。「ゲームの達人」「真夜中は別の顔」「明け方の夢」「女医」——大人向けのエンターテインメント小説を、こっそり読み進めた記憶がある。もともと本は好きだったけれど、父の本棚にあの背表紙が並んでいなかったら、シェルダンを読む機会は一生なかっただろうと思う。
親の読書習慣は、子どもの読書に影響を与えるのか。結論から言えば、データはそれを明確に支持している。
親が読む家の子は、読む
厚生労働省が長期にわたって実施した「第8回21世紀出生児縦断調査」によると、親がよく本を読む家の子どもは、児童書や絵本などをたくさん読んでいる傾向がある。具体的な数字を見るとその差は明らかだ。
| 親の読書状況 | 子が本を読む割合 |
|---|---|
| 母親が本を読む | 94.9% |
| 母親が本を読まない | 88.0% |
| 父親が本を読む | 94.5% |
| 父親が本を読まない | 89.3% |
出典:厚生労働省「第8回21世紀出生児縦断調査結果の概況」
差としては数パーセントに見えるが、母親と父親が読む本の冊数が多いほど、子どもが読む本の冊数も多くなっているという傾向があり、単純な「読む・読まない」の二択以上の相関が存在する。つまり親がたくさん読めば読むほど、子どもの読書量も比例して増えるということだ。
幼少期の読み聞かせは、中学生まで効く
東京大学社会科学研究所とベネッセ教育総合研究所が行った「子どもの生活と学びに関する親子調査」は、同一の親子を7年間追跡した縦断研究だ。その結果は、読書習慣の「根」がどこにあるかをよく示している。
小学校入学前に読み聞かせを「週に4日以上」受けた子どもは、「週1日未満」の子どもと比べて、その後の読書時間が1.5〜2倍長くなる傾向があり、この効果は中学生まで長く続く。
就学前の数年間に親が本を読んでやるだけで、その影響が10年近く持続するのは、なかなか驚きのある数字だ。
一方で、現実の数字は厳しい。2022年のデータでは、小学1年生から高校3年生の全体で49.0%が平日に読書をしない(0分)と回答しており、1日の読書時間の平均は2015年の18.2分から2022年の15.2分へと減少傾向にある。
学年が上がるにつれて読書から離れる子はさらに増える。月に1冊も本を読まない「不読者」の比率を見ると、その変化は急激だ。
| 学校段階 | 不読者の割合 |
|---|---|
| 小学生 | 3.8% |
| 中学生 | 15.0% |
| 高校生 | 48.7% |
出典:全国学校図書館協議会・毎日新聞社「学校読書調査」
小学生の段階では読まない子が4%に満たないのに、高校生になると約半数が本を読まなくなる。この傾向は過去30年以上にわたって一貫してみられる構造的な問題でもある。
本棚があるだけでは足りない
家庭の読書環境を分析した学術研究(小・中学生506名対象)によると、親が読書好きであることが、子に対するさまざまな読書関連行動の量に影響を与えることが明らかになった。この研究では、家庭の役割を次の4つに整理している。
| 役割の種類 | 具体的な行動 |
|---|---|
| 物理的環境の整備 | 家に本を置く、本棚をつくる |
| モデルを示す | 親自身が読書をする姿を見せる |
| 直接的な動機付け | 本を買う、図書館・書店に連れていく |
| 教授・援助 | 読み聞かせをする、理解を助ける |
出典:「小中学生の読書行動に家庭環境が及ぼす影響」(発達心理学研究)
ポイントは、蔵書量や親自身の行動よりも、読み聞かせや図書館へ連れていくなど読書に関して子どもと直接関わることのほうが、子の感情(読書への好意)に与える影響が大きいという点だ。本棚に本が並んでいるだけでは不十分で、親が読む姿を見せ、一緒に本のある場所に行くという「共有体験」が鍵になる。
父の書斎にシェルダンがあったことは、物理的環境の整備にあたる。でもそれ以上に、父が読書をする人だったという事実——本を読む大人が身近にいたこと——が、わたしにとっての「読書は普通のことだ」という感覚の土台になっていたと思う。
読書量は、学力・自信・将来への意欲とも相関する
1日の読書時間が1時間以上の「多読層」の子どもは、それよりも読書時間が短い子どもと比べて、理解・思考・表現の能力に対する自己評価が高い傾向にある。また読書時間が5〜30分の「中間層」や多読層の子どもは、読書ゼロの「不読層」と比べてニュースへの関心が高く、自分への自信があり、将来の目標が明確であるという傾向もある(ベネッセ教育総合研究所・東京大学社会科学研究所、2022年)。
国立青少年教育振興機構の調査(成人5,258人対象)では、子どもの頃に読書活動が多い成人ほど、以下のすべての意識・能力が高いことが確認されている。
| 意識・能力の項目 | 内容の例 |
|---|---|
| 未来志向 | 将来の目標が明確、希望がある |
| 社会性 | 他者への関心、協調性 |
| 自己肯定 | 自分への自信、自己受容 |
| 意欲・関心 | 学ぶ意欲、好奇心 |
| 文化的作法・教養 | 礼儀、教養、言語への敏感さ |
| 市民性 | 社会への参画意識、ボランティアへの関心 |
出典:国立青少年教育振興機構「子どもの読書活動の実態とその影響・効果に関する調査研究」
さらに、紙の本で読書している人の意識・非認知能力は最も高い傾向があるという結果も出ており、電子書籍も含めた「読書全般」よりも、紙の本への接触が特に効果的であることが示唆されている(国立青少年教育振興機構、令和3年)。
読書の効果は、学力や成績といった狭い範囲に留まらない。自分を肯定する力、社会に関心を持つ姿勢、未来を描く意欲——これらはすべて、幼少期の読書習慣と関係している。
読書好きの親は、子どもをボランティアに連れていく確率も高い
少し意外な調査結果がある。子どもの頃に読書活動が多い成人ほど、ボランティア活動に参加したことがある人の割合が高く、また、読み聞かせを行うなど読書を通した子どもとの関わりも多いという(国立青少年教育振興機構)。
読書が多い親は子どもと本を読む。その子どもが大人になり、また自分の子どもに本を読む。読書習慣は、親から子へ、子から孫へと連鎖していく可能性がある。父の本棚のシェルダンは、世代をまたいだ「読書のバトン」だったのかもしれない。
スマホとSNSが、読書を奪っている
子どもたちの読書離れには、もうひとつの大きな要因がある。スマートフォンとSNSの普及だ。
文部科学省の調査によると、中学生・高校生においてメールやSNSに使う時間が長い子どもほど読書時間が短く、SNS利用は中高生の読書時間の明確な阻害要因として確認されている。データにもその深刻さは表れている。
| 学年・科目 | SNS 30分未満 | SNS 4時間以上 | 差 |
|---|---|---|---|
| 中3・数学(正答率) | 高 | 低 | −18.5pt |
| 小6・算数(正答率) | 高 | 低 | −16.0pt |
出典:文部科学省「2024年度全国学力・学習状況調査」アンケートとのクロス集計
さらに、中3の3人に1人が平日1日3時間以上をSNS・動画視聴に費やしており、その割合は年々増加している。本を読まない理由として最も多く挙げられるのは「他にしたいことがあったから」(小学生53.9%、中学生56.9%)——その「他にしたいこと」の大半が、スマホであることは想像に難くない。
学研教育総合研究所の調査では、小学生の1カ月あたりの読書冊数は1989年の平均9.1冊から2019年には3.1冊へと、30年間で3分の1にまで減少した。テレビの視聴時間はこの30年で半分に減っているため、テレビが原因ではない。スマホが普及した時代と読書量の激減は、時系列として重なっている。
読書とSNSは、同じ「自由時間」を奪い合っている。そしてSNSは、アルゴリズムで次のコンテンツを自動的に流し込む設計になっている。本は自分でページをめくらなければ先に進まない。受動的な消費と能動的な読書では、脳への負荷も習慣の定着度も、根本的に異なる。
自分が本を読むことは、周囲への影響でもある
ここまで書いてきて、わたしはあることに気づく。親の読書習慣が子どもに影響を与えるというのは、なにも子育て中の親に限った話ではない。
わたしが本を読むということは、少なからず周囲の人間に何かを伝えている。一緒に暮らすパートナーが本を手に取る姿、職場で紙の本を読んでいる同僚の存在、カフェで文庫本を開いている見知らぬ誰か——そういった「読んでいる人がいる」という景色が、別の誰かの読書の引き金になることがある。
子どもの頃に読書活動が多い成人ほど、読み聞かせを行うなど読書を通した子どもとの関わりが多い。読書習慣は世代を越えて連鎖する。(国立青少年教育振興機構)
データが示すのは世代間の連鎖だが、影響は垂直方向(親から子)だけに向かうわけではない。横にいる人間にも、斜め後ろにいる人間にも、「本を読む人がそこにいる」という事実は静かに届く。
スマホを開けばいつでも何かが流れてくる時代に、あえて本を手に取るという行為は、もはや個人の趣味の話だけではないと思う。それは「こういう時間の使い方もある」という、言葉を使わないメッセージだ。
父はわたしに何も言わなかった。ただ書斎に本を並べ、本を読む人だった。その背中が、わたしにシェルダンを手に取らせた。わたしも今、誰かに何かを手渡しているかもしれない——そう思うと、本を読むという行為が、少しだけ大きく感じられる。
親が本を読むことが、最大の読書教育かもしれない
蔵書が多い家庭や、親が本を読む大切さを伝えている子どもほど、読書時間が長い傾向がある(ベネッセ教育総合研究所・東京大学社会科学研究所)。「本を読みなさい」と言葉で伝えることよりも、親が読んでいる姿を見せること——それが最も自然な形での読書教育なのだろう。
子どもは親の行動を見て育つ。スマートフォンを手に取る親を見て育った子と、本を手に取る親を見て育った子では、「暇なとき、ふと手が伸びるもの」が違ってくる。それは環境が与える、静かで強い影響力だ。
父の書斎のことを思うとき、わたしはいつも、意図しない贈りものへの感謝を感じる。彼はわたしに読書を教えようとしていたわけではない。ただ、本を読む人だったというだけだ。でもそれが、わたしにとって一番深く刺さった読書の授業だった。そしてその授業は今、かたちを変えて、わたしの周りにいる誰かへと、静かに続いている。


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