「本を読む時間が、以前より減った」と感じている人は多いのではないだろうか。忙しさのせいにしているけれど、実際にはスマホを手放せていないだけかもしれない。
脳科学者・毛内拡さんの著書『読書する脳』(SBクリエイティブ)は、読書が脳と身体にもたらす恩恵を、最新の脳科学研究をもとに丁寧に解説した一冊だ。記憶力・ストレス軽減・脳のクールダウン……読書には、私たちが思っている以上の効果がある。そしてもう一つ、この本が伝えること——それは、せっかく読むなら「紙で読む」ことが、脳にとってより深く届くということだ。
スマホ読書の「不都合な真実」、数字で見るとこうなる
昭和大学で行われた実験は、その実態を数値で示している。34名の健康な成人に、村上春樹「ノルウェイの森」などの文章をスマートフォンと紙の両方で読んでもらい、脳活動・呼吸・内容理解のテスト結果を比較したものだ。
| 媒体 | 内容理解テストの平均点 | 前頭前野の血流 |
|---|---|---|
| 📖 紙 | 8.9点 | 基準値 |
| 📱 スマホ | 7.4点 | 有意に増加(より負荷がかかった状態) |
得点差は1.5点。割合にすると約17%の低下だ。さらに興味深いのは、スマホ使用時に前頭前野の血流(機能的NIRSで測定)が増加したという点。脳がより多くのリソースを消費していながら、理解度は下がっていた。つまり、スマホ読書は「疲れるのに、頭に入らない」という非効率な状態を生み出していることになる。
この結果は、昭和大学の実験に限った話ではない。ノルウェー・スタヴァンゲル大学のマンゲンらが高校1年生72名を対象に行った研究でも、紙で読んだほうが内容への入り込みやすさ・理解度・記憶の定着率のいずれも高いという結果が得られている。また、イスラエル工科大学の実験では、時間制限なしで読んだ場合、紙のほうがスクリーンより理解度が約10%高かったというデータも報告されている。
「場所の記憶」と紙の本の関係
タフツ大学の心理学者メリアン・ウルフ氏によれば、紙の本を読む場合、読んだ内容は「地図のように」脳に記憶されるという。「あのページの右下あたりに書いてあった」という空間的な手がかりが、記憶の引き出しを開けるキーになる。電子書籍には、その手がかりが存在しない。
「脳の暴走」を鎮める読書という選択肢
毛内さんはこう述べている。
情報があふれる現代社会だからこそ、意識的にこのDMNの暴走を鎮め、脳を休ませる必要があります。そのための有効な手段の一つが、実は「読書」なのです。読書を通じてゆったりと深く物事を考える時間は、マインドワンダリングを適度に抑制し、脳の過活動を和らげるため、私たちの認知機能や脳の健康を守る上で不可欠なものなのです。(毛内拡『読書する脳』より)
DMN(デフォルト・モード・ネットワーク)とは、何もしていないときに活性化する脳のネットワーク。過去の後悔や未来への不安がぐるぐると頭を巡る「反芻思考」がこれにあたる。読書はこのDMNの暴走にブレーキをかけ、脳をクールダウンさせる。毛内さんはそれを「マインドフルネス瞑想と非常によく似た効果」と表現している。
6分の読書でストレスが68%低下するという数字
イギリス・サセックス大学のマインドラボ・インターナショナルが2009年に発表した研究がある。わずか6分間の読書によって、ストレスレベルが最大68%低下したというものだ。
| リラクゼーション手段 | ストレス低減率 |
|---|---|
| 📖 読書 | 68% |
| 🎵 音楽を聴く | 61% |
| 🚶 散歩 | 42% |
読書のストレス軽減効果が、散歩や音楽より高い。その理由として毛内さんはストレスホルモンであるコルチゾールの分泌が抑制されることを挙げている。コルチゾールは本来、ストレスから身体を守るために機能するが、慢性化することで心身の健康を損なう。読書による「情報過多からの一時的な解放」が、このホルモンの過剰分泌をリセットするのだ。
「Kindleで持っているのに内容を覚えていない本」問題
30歳を過ぎてから、電子書籍をメインに読むようになった。利便性という点では文句のつけようがない。重い本を持ち歩く必要もなく、思い立ったらすぐ購入できる。だが気づけば、スマホの通知が気になって読書を中断することが増えていた。
先日、ある本を購入しようとしてAmazonを開いたら、すでにKindleで持っていた。マーカーも多数引いてあった。でも、内容はまるで覚えていなかった。
読んだのに、読んでいない。インプットしたのに、何も残っていない。これはサボっていたのではなく、媒体の問題だった可能性が高い。昭和大学の実験を読んで、そう思えるようになった。

10年ぶりの紙の読書、変わったこと
この本を読んですぐ、紙の本に切り替えた。紙で本を読むのは10年ぶりくらいだ。最初に手に取ったとき、子供のころに遊んでいたおもちゃで久しぶりに遊ぶような感覚があった。懐かしさとワクワクが同時にやってくる。
もともと紙で読んでいたころは、気になるページは端を折り、マーカーを引き、読めない漢字に丸をつけ、フリガナを振り、用語の意味を余白に書き込む読み方をしていた。電子書籍のハイライト機能とは、根本的に違う身体性がある。今は精読+音読を組み合わせて、同じ箇所を繰り返し読んでいる。
そして予想外の変化として、スマホに触る時間が自然と減った。電車の中でも、カフェでも、本を開けばスマホを触らない。情報を遮断するためにあえてスマホをしまうのではなく、本に引き込まれているからスマホが視界から消える。この差は大きい。
紙 vs 電子書籍 :脳科学の観点からの比較
| 観点 | 📖 紙 | 📱 電子書籍 |
|---|---|---|
| 内容理解度 | 高い | 低い傾向 |
| 前頭前野への負荷 | 少ない(脳が楽) | 増加(脳が疲れる) |
| 空間的記憶の手がかり | あり(ページ・厚み・位置) | なし |
| ストレス軽減効果 | 高い(コルチゾール低下) | ブルーライトで睡眠に影響 |
| DMN(反芻思考)の抑制 | 効果的 | 通知で中断されやすい |
| 携帯性・コスト | やや不便・高め | 優秀 |
脳疲労が溜まっているなら、読書は「処方箋」になる
正直なところ、自分の脳はだいぶ疲弊していると思う。情報過多の毎日、SNSのタイムライン、仕事の通知。絶え間ない刺激の中で脳は休む間もなく稼働し続けていた。
『読書する脳』は、その状態を「DMNの暴走」という言葉で説明した。そして紙の読書は、その暴走を静かに止める手段だと言う。
読書をする脳になるためには、まず脳を読書に向かわせる環境をつくること。スマホを置き、紙の本を開く。それだけで、すでに変化は始まっている。
参考:毛内拡『読書する脳』(SBクリエイティブ)/昭和大学スマートフォン読書実験/サセックス大学マインドラボ・インターナショナル2009年研究/スタヴァンゲル大学マンゲンら研究/イスラエル工科大学実験

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