人は眠るために生まれた

自己投資

眠い。ならば、寝ればいい。

それだけのことなのに、現代を生きる私たちは「眠ってはいけない」という強迫観念の中にいる。仕事がある、締め切りがある、やらなければならないことがある。だから眠れない、眠ってはならない、と自分を縛りつける。

でも、待ってほしい。

眠ることは、逃げることでも怠けることでもない。眠ることは、あなたの脳と体が最も高度な仕事をしている時間だ。問題は、その仕事が目に見えないから、私たちはその価値を見くびってしまうということだ。

人間は眠るために生まれた

すべての生き物は眠る。魚も、鳥も、クジラも、イルカも、眠る。これほど進化の過程で普遍的に残ってきた行動には、それ相応の理由がある。

神経科学者でカリフォルニア大学バークレー校の教授であるマシュー・ウォーカーは、著書『Why We Sleep(日本語版:睡眠こそ最強の解決策である)』の中でこう述べている。自然淘汰の観点から見れば、眠っている間は無防備で危険にさらされる。それでも眠ることが維持されてきたということは、眠りがもたらすメリットが、そのリスクをはるかに上回るからに他ならない、と。

睡眠は生命に組み込まれた、最古の「回復プログラム」なのだ。

寝ている間に、すべてはうまくいく

眠っている間、あなたの脳は休んでいない。むしろ、最も重要な仕事を黙々とこなしている。

脳の「大掃除」が行われる

2013年、サイエンス誌に掲載されたロチェスター大学のマイケン・ネーダーガード博士らの研究は、睡眠科学に革命をもたらした。眠っている間、脳細胞は約60%収縮し、その隙間を脳脊髄液が猛烈な勢いで流れ、アルツハイマー型認知症の原因物質とされるβアミロイドなどの老廃物を洗い流す。この仕組みは「グリンパティックシステム」と呼ばれる。

起きている間は、この大掃除はほとんど行われない。つまり、眠らずに頑張り続けることは、ゴミを溜め続けることに等しい。

記憶が整理・定着される

昼間に経験したことや学んだことは、睡眠中に海馬から大脳皮質へと転送・定着される。これを「記憶の固定化(メモリーコンソリデーション)」という。

ハーバード大学のロバート・スティックゴールド博士の研究によれば、学習後に睡眠をとった群は、睡眠をとらなかった群と比べて、翌日のパフォーマンスが有意に高かった。試験前夜に徹夜をするのが逆効果である理由はここにある。

感情の「棘(とげ)」が抜かれる

今日あった嫌なこと、心に刺さった言葉、ふとした怒り——それらが翌朝には少し和らいでいた、という経験はないだろうか。それは気のせいではない。

ウォーカーは「レム睡眠は感情の傷を癒す夜間療法だ」と表現する。レム睡眠中、記憶は再処理されるが、そのとき感情を引き起こすノルアドレナリンの分泌が止まる。感情の内容はそのままに、感情の「鋭さ」だけが取り除かれる。眠ることは、世界一安価で副作用のない感情療法なのだ。

問題が解決される

2004年にNature誌に掲載されたリューベック大学(ドイツ)の実験は興味深い。参加者に数列の問題を与え、睡眠をとった群と取らなかった群に分けた。すると、睡眠をとった群は問題の隠れたルールを発見する確率が、非睡眠群の約3倍だった。

「一晩寝て考える」という慣用句は、科学的に正しい。

悩みがあるなら、寝てしまおう

悩みを抱えているとき、眠れなくなる人は多い。だが本当は逆で、悩みがあるときこそ、眠ることが最大の解決策になりうる。

ストレスホルモンであるコルチゾールは、睡眠中に低下する。睡眠不足が続くと、コルチゾールは慢性的に高止まりし、不安や焦燥感が常態化する。ストレスで眠れないのではなく、眠れないからますますストレスが増える、という悪循環に陥ってしまう。

カリフォルニア大学バークレー校の研究では、一晩の睡眠剥奪が扁桃体(感情を司る脳部位)の反応性を60%増大させることが明らかになった。眠れていない脳は、感情の嵐に対してほぼ無防備になる。

逆に言えば、しっかり眠れた朝の脳は、同じ悩みをずっと穏やかに、冷静に扱える。悩みが消えるわけではないが、悩みとの距離が変わる。

眠ることは諦めではない。
眠ることは、翌朝の自分への最大の投資だ。

1日中寝ていてもいい

「そんなに眠れない」「怠け者みたいで罪悪感がある」という声が聞こえてくる。

だが、そもそも現代社会の睡眠時間は構造的に不足している。OECDの調査(2021年)によれば、日本人の平均睡眠時間は加盟国38か国中最短水準の7時間22分。アメリカ睡眠財団の推奨(成人:7〜9時間)を下回る人が大半だ。

国名 平均睡眠時間
フランス 8時間33分
アメリカ 8時間00分
中国 7時間55分
韓国 7時間51分
日本 7時間22分(最短水準)

出典:OECD Gender Data Portal(2021年)

「もっと眠れる日は眠る」のは、贅沢でも怠慢でもない。長年の睡眠負債を返済しているだけだ。

ウォーカーは「睡眠負債は銀行の借金と違い、一晩で返せない」とも述べている。1週間の寝不足は、1〜2日の長眠では取り戻せない。だからこそ、眠れるときに眠ることは、長期的な健康への最も合理的な選択になる。

睡眠が、あなたのすべてを良くする

これほど多岐にわたる機能を、これほど安価に改善できるものを、私は他に知らない。

領域 睡眠がもたらす効果 主な研究・出典
脳・認知 記憶定着、判断力・集中力の向上、老廃物除去 ウォーカー(2017)、ネーダーガード(2013)
感情・精神 ストレス軽減、感情調節、不安・うつ症状の緩和 UCバークレー睡眠センター(2019)
免疫 T細胞・NK細胞の活性化、感染症への抵抗力向上 Prather et al.(2015)UCSF
代謝・体重 グレリン(食欲増進ホルモン)抑制、インスリン感受性の改善 Taheri et al.(2004)PLoS Medicine
創造性・発想 レム睡眠中の連想力向上、問題解決のひらめき ワーグナーほか(2004)Nature
美容・肌 成長ホルモン分泌による細胞修復、コルチゾール低下で肌荒れ改善 Oyetakin-White et al.(2015)Clinical & Experimental Dermatology

睡眠は、脳を磨き、感情を整え、免疫を強化し、体型を整え、肌を再生し、明日のアイデアを育てる。これだけの効能を持つ行為を、なぜ私たちは後回しにしてきたのだろう。

もっと眠ろう、という宣言

かつてマーガレット・サッチャーは「4時間しか眠らない」と誇り、ナポレオンは「男は4時間、女は5時間、馬鹿者は6時間眠る」と言ったとされる。ショートスリーパーは優秀の証、という神話はいまも生きている。

だがウォーカーはこう断言する。「遺伝的なショートスリーパーは人口の0.5%未満に過ぎない。残りの99.5%の人間が6時間で十分だと信じているなら、それは慢性的な睡眠不足に慣れてしまっているだけだ」と。

慣れてしまった疲労は、疲労だと感じなくなる。それが最も恐ろしい。

参考文献・引用書籍

  • マシュー・ウォーカー著、桜田直美訳『睡眠こそ最強の解決策である』SBクリエイティブ(2018)
  • 西野精治著『スタンフォード式最高の睡眠』サンマーク出版(2017)
  • Nedergaard M et al., “Sleep Drives Metabolite Clearance from the Adult Brain”, Science, 2013
  • Wagner U et al., “Sleep inspires insight”, Nature, 2004
  • Prather AA et al., “Behaviorally Assessed Sleep and Susceptibility to the Common Cold”, Sleep, 2015
  • OECD Gender Data Portal, Time Use across the World, 2021

眠いなら、寝よう。

もし今、悩みを抱えているなら、寝よう。布団の中で答えを探さなくていい。脳はあなたが寝ている間に、静かに、着実に、仕事をしてくれる。

もし今、何もやる気が起きないなら、寝よう。睡眠不足の脳はドーパミン受容体の感受性が下がり、快楽を感じにくくなることも研究で示されている。「なんだかすべてが虚しい」と感じているとき、それは哲学的問いではなく、ただの睡眠不足かもしれない。

1日中寝てしまっても、いい。

あなたは何かを失ったわけではない。脳は磨かれ、記憶は整理され、感情は洗われ、免疫は強化された。寝ていた1日は、あなたの体と脳が静かに、完璧な仕事をしてくれた1日だ。

人は眠るために生まれた。

だから、もっと眠ろう。

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